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資金繰り表の作成法/活用法 経営を守る「警報システム」で資金ショートを防ぐ

資金繰り表の作成法/活用法 経営を守る「警報システム」で資金ショートを防ぐ

企業の安定経営において、将来の資金の流れを予測・管理する「資金繰り」は生命線です。資金繰りの基礎知識や黒字倒産のメカニズムについては、まず以下の記事でご確認ください。

本記事は、その知識を実践に繋げるための実務特化版です。単なる集計表ではない、経営危機を未然に検知する「資金繰り表」の構築方法と、その具体的な活用術に焦点を当てて詳細に解説します。

目次

資金繰り表とは?目的と作成意義

資金繰り表とは?目的と作成意義

資金繰り表とは、将来の一定期間における現金の収入と支出を予測し、資金の過不足を可視化するための管理表です。本記事では、資金繰り表を単なる資金管理ツールではなく、「経営を守る早期警報システム」として活用する視点をご提案します。
 
売上や利益といった遅行指標だけでは、資金枯渇という致命的な事態に気づいたときには手遅れになりかねません。資金繰り表を早期警報システムとして活用することで、将来の資金ショートリスクを数ヶ月前に数値として検知し、先手を打って対策を講じることが可能になります。これは、感覚的な経営判断から脱却し、データに基づいた持続可能な経営を実現するためには不可欠です。

【ステップ別】資金繰り表の作り方

「資金繰り」の記事でも軽く解説しましたが、資金繰り表の作成フローは「①情報収集 → ②項目設定 → ③実績入力 → ④予測入力 → ⑤予実管理・分析」の5段階です。ここでは各ステップにおける実務上のTipsと注意点を深掘りします。

ステップ1:必要書類の準備(情報収集)

  • 部署横断での連携: 経理部門だけでなく、営業部門からは「売上見込み・入金予定日」、購買部門からは「仕入予定・支払サイト」の情報を収集します。情報の鮮度と精度が計画の生命線です。
  • 情報源の統一: 預金通帳、ネットバンキングの明細、経費精算システムなど、参照する情報源を統一し、二重計上や計上漏れを防ぎます。

ステップ2:表の構成・項目設定

  • 自社の取引実態に合わせる: テンプレートを雛形としつつ、「補助金収入」「法人税支払」「設備投資」など、自社で頻繁に発生する取引項目を追加します。逆に、発生しない項目は削除してシンプルに保ってもよいでしょう。
    なお、「法人税支払」については忘れてしまう可能性を防ぐために、発生月ではなく、納税月を反映させることを意識しておくことが重要です。
  • 固定費と変動費の分離: 支出項目を「人件費・家賃」などの固定費と、「仕入・外注費」などの変動費に分けておくと、損益分岐点分析やコスト削減の検討に役立ちます。

ステップ3:過去実績の入力

  • 最低でも過去6ヶ月分を入力: 過去3ヶ月分では短期的なブレしか見えません。季節変動や賞与支払などのサイクルを把握するため、最低でも6ヶ月、理想は12ヶ月分の実績を入力し、自社の資金繰りの「クセ」をつかみます。
  • 勘定科目ではなく現金主義で: 損益計算書の数値をそのまま転記してしまうのは誤りです。あくまで「現金が動いた日」を基準に、入出金の実績を正確に反映させます。

ステップ4:将来予測の入力

  • 楽観・悲観・標準の3シナリオを用意: 売上予測が10%下振れた場合(悲観)、大型案件が受注できた場合(楽観)など、複数のシナリオで予測を立てることで、リスク許容度を把握し、事前に対策を検討できます。
  • 予測の根拠を明記: 「売上予測はA社からの受注確度80%を反映」「4月の支出増はPC購入費50万円」など、予測数値の根拠を備考欄に必ず記載します。これにより、後からの検証や銀行への説明が簡単になります。

ステップ5:翌月繰越の確認 & 予実管理

  • 差異分析の徹底: 予測と実績に10%以上の差異が生じた場合、その原因を必ず分析します。「なぜ売掛金の回収が遅れたのか」「なぜ光熱費が想定を上回ったのか」を突き止め、次の予測精度向上や業務改善に繋げます。
  • 対策は具体的に: 資金ショートの予兆が見つかった場合、「資金繰りを改善する」という曖昧な目標ではなく、「A社への未入金分を来週中に督促する」「B社への支払いを2週間延長できないか交渉する」など、具体的なアクションプランに落とし込みます。

【DL可】資金繰り表テンプレート

ここでは、様々な経営シーンに対応する資金繰り表のExcelテンプレートをご用意しました。

月次資金繰り表

ダウンロードしたテンプレートは、必ず自社の実態に合わせてカスタマイズしてください。そして最も重要なのは、最低でも月1回は必ず更新し、経営会議などで共有するサイクルを定着させることです。

資金繰り表をKPIで作りこむ

:資金繰り表をKPIで作りこむ

効果的な資金繰り表を構築するには、危険を知らせる警報=重要業績評価指標(KPI)の設定が必要です。以下に代表的な5つのKPIとその閾値(危険水域の目安)を解説します。これらの数値を資金繰り表と連動させることで、客観的な経営判断が可能になります。

1. 現預金残高対月商比率

企業の支払能力を示す最も基本的な指標です。不測の事態に備え、どれだけの現預金を手元に確保できているかを示します。企業規模にもよりますが、基本的には下記水準になります。

  • 計算式: 期末現預金残高 ÷ 平均月商
  • 閾値の目安:
     
    • 安全水域:1.5ヶ月分以上
    • 注意水域:1.0ヶ月分
    • 危険水域:1.0ヶ月分未満(特に0.5ヶ月分を下回ると極めて危険)

特に0.5ヶ月分を下回ると、人件費や経費等の支払いが困難になり極めて危険であるといえます。平均月商の0.5ヶ月というのは、粗利が50%の業種が、かろうじて人件費・経費の支払いが可能な水準であることを意味しています。
 
もし、粗利が50%未満となれば、人件費・経費の割合が50%以上である場合に資金繰りに詰まり、不足する資金分をどういった手段で調達するかという問題に直面します。なお、粗利が50%以下の業種は、卸売、小売、製造業などが該当します。

2. 債権回転期間

売上債権(売掛金や受取手形)を回収するまでにかかる平均的な期間です。この期間が長いほど、資金化が遅れていることを意味します。

  • 計算式: 売上債権 ÷ 平均月商
  • 閾値の目安: 業界平均や自社の過去平均と比較し、20%以上長期化している場合は要注意。支払サイトよりも長くなるのは危険信号です。

3. 在庫回転期間

仕入れた商品や原材料が、販売されるまでにかかる平均的な期間です。この期間が長いほど、資金が在庫として滞留していることを示します。

  • 計算式: 棚卸資産÷平均月商
  • 閾値の目安: 業界や商材により大きく異なりますが、過去平均と比較して急激に長期化している場合は、過剰在庫の可能性があります。

4. 営業キャッシュフロー

本業でどれだけの現金を稼ぎ出せているかを示す指標です。損益計算書上の利益ではなく、実際の現金の動きに基づいているため、より実態に近い収益力を表します。

  • 計算式: 資金繰り表の「営業収入-営業支出」で簡易的に算出。
  • 閾値の目安: 継続的にマイナスである場合は、事業構造そのものに問題がある可能性が高く、最優先での見直しが必要です。

5. 借入金依存度

総資産のうち、どれだけを借入金で賄っているかを示す指標です。この比率が高いほど、金利変動リスクや返済負担が重くのしかかります。

  • 計算式:  (短期借入金+長期借入金)÷総資産
  • 閾値の目安: 業界によりますが、一般的に50%を超えると過大と判断され、70%を超えると金融機関からの追加融資が困難になる可能性があります。

これらのKPIをExcelなどのテンプレートに組み込み、条件付き書式で閾値を下回った際にセルが自動で色付けされるように設定すれば、一目で危険を察知できる実用的な早期警報システムが完成します。

基本設定&関数例

  • SUMIF関数: 特定の費目(例:「仕入」)だけの合計額を算出する場合に便利です。=SUMIF(項目列, “仕入”, 金額列)
  • IF関数: KPIと連動させ、警告を表示する際に活用できます。=IF(現預金残高セル<月商セル, "資金不足警告", "")
  • データ入力規則: 項目名をリストから選択できるように設定することで、表記ゆれを防ぎ、集計ミスを減らせます。

KPI⇒アクションの即時展開フロー

資金繰り表のKPIセルが赤く変わった瞬間に「何を」「誰が」「いつまでに」を決めて動けるか。ここが「作るだけの表」と「経営を守るレーダー」の分かれ目です。以下では、検知→原因特定→施策発動→検証を当日~1週間で回す実務フローの例を見ていきましょう。

1. 異常検知

仕組み 実装ポイント
条件付き書式 or BI ダッシュボード KPI が閾値を割るとセル背景を赤・オレンジに変更。メールやSlack通知を同時送信できるとベスト。
アラート閾値の決め方   現預金÷月商1.0ヶ月未満、債権回転期間 が過去3ヶ月平均+20%、など「単純・明確」を徹底。

アラートが多すぎると形骸化するため、「月商1.0ヶ月未満」のように「ビジネスインパクトが大きいライン」に絞り込むのが長続きのコツです。

2. 原因特定(5〜30 分)

  1. データ確認(5 分)

    ・入力漏れ・二重計上などの誤入力を排除。

  2. ドリルダウン(10 分)

    例:現預金急減 → ①売上減少 ②売掛金回収遅延 ③仕入増 ④設備投資 に分解。

  3. 影響度のざっくり試算(15 分以内)

    ・例:売掛金 1000 万円遅延=現預金比率−0.3 ヶ月など「どれが最悪手か」を把握。

小規模企業なら CFO 兼経理責任者が、一定規模以上なら経理課長と FP&A 担当が「即時分析」の責任者と決めておくと動きが早くなります。

3. 実行

KPIが示す課題 代表的アクション 優先順位
現預金 ≦ 月商1.0ヶ月
  • 仕入先へサイト延長交渉(+15 日)
  • 追加の短期枠(銀行/ABL)事前打診
債権回転期間 悪化
  • 売掛先に督促・回収サイト短縮交渉
  • 早期入金割引(2/10 net 30 など)提示
在庫回転期間 悪化
  • 滞留在庫を在庫セールへ振替
  • 早期入金割引(2/10 net 30 など)提示
営業CF連続マイナス
  • 価格改定検討、販管費 10 %削減プラン立案
借入金依存度 70 %超
  • 返済リスケ交渉
  • 可能なら劣後ローン・資本性ローンの検討

ポイントは「即日着手」。初動を 24 時間以内に切れるよう、手順を KPI ごとに紙1枚でまとめ、運用担当部門に常備します。

4. タスク割当と進捗管理

役割 ツール
オーナー CFO/経営企画部長 Slack タスク / Asana
実行 営業部(督促)、購買部(仕入調整)、財務部(借入手続) 同上
モニタ FP&A 担当 資金繰りダッシュボード
  • タスク登録は「誰が・何を・いつまで」を1行で記載。
  • 期限は「危険度×インパクト」で決定(例:現預金危険水域なら翌営業日〆)。
  • 進捗はGoogle シート/Notionなど、経営陣が常時閲覧できる場所に集約。

5. 結果レビュー(週次 30 分)

チェック項目 観点
KPI 回復状況 阻害要因が解消されたか。閾値を再び割っていないか。
タスク完了率 未完タスクの障害は何か。追加リソースが必要か。
次週アクション 数字が改善しなければ次の対策へ即移行。

コツは「行動と数字を1画面で並べる」こと。 ダッシュボードを用意して KPI グラフの隣にタスク一覧を貼り、数字変化と施策の因果関係をチーム全員が共有できるようにします。

6. 月次シナリオ再計算

  • 売上・コスト前提を更新し、将来 6 ヶ月〜12 ヶ月の資金谷を再シミュレーション。
  • 前回シナリオとの差分を可視化(谷の深さ/時期をわかるように)し、必要なら資金調達計画を修正。
  • 「運用でカバーできる範囲」と「外部資金が必要な範囲」を線引きしておくことで、銀行交渉を前倒しできます。

自動化・DX活用で「毎朝10分更新」

日々の資金繰り管理

Excelでの手作業管理には限界があります。日々の資金繰り管理を「特別な業務」から「当たり前の業務」にするためには、DXが不可欠です。
 
たとえば会計ソフトと銀行口座やクレジットカードをAPI連携させることで、入出金データが自動で取り込まれ、資金繰り表がほぼリアルタイムで更新される環境を構築できます。freee会計やマネーフォワードクラウドなどのクラウド会計ソフトでは、銀行口座やクレジットカードのAPI連携ができます。クラウド会計を導入する場合は、自社で利用している金融機関やカード会社などが連携可能かどうか必ず確認をしておきましょう。
 
これにより、経営者は毎朝10分、最新の資金繰り状況を確認するだけで、迅速な意思決定が可能になります。手入力の工数削減はもちろん、ヒューマンエラーの撲滅、そして何より経営判断のスピード向上という大きなメリットをもたらします。

よくある質問(FAQ)

Q1. 会計ソフトとのAPI連携はセキュリティの観点から安全ですか?

A1. はい、主要な会計ソフト提供事業者は、金融機関と同レベルの強固な暗号化技術や認証システムを採用しており、セキュリティ対策は万全です。IDやパスワードを直接保存するのではなく、暗号化されたトークン方式で連携するため、安心して利用できます。ただし、利用するサービスのセキュリティポリシーを確認し、社内でもパスワード管理などの基本ルールを徹底することが重要です。

Q2. 複数の事業部や子会社がある場合、どうやって資金繰りを一元管理すればよいですか?

A1. 部門別・子会社別に資金繰り表を作成し、それらを合算する「連結資金繰り表」を作成します。クラウド会計ソフトの中には、部門別会計やグループ会社管理に対応しているものもあり、これらを活用することで効率的な一元管理が可能です。これにより、会社全体での資金の偏りや、部門間の資金移動(振替)の必要性を把握できます。

Q3. 予測と実績の差異(予実差異)が常に大きいのですが、どう分析すればよいですか?

A3. まず、差異の原因を「売上」「回収」「仕入」「経費」などの項目別に分解します。次に、その原因が「一過性のもの(大型案件の失注など)」なのか、「構造的なもの(慢性的な回収遅延など)」なのかを見極めることが重要です。構造的な問題であれば、単に次回の予測を修正するだけでなく、与信管理ルールの見直しやコスト構造の改革といった、より根本的なアクションに繋げる必要があります。

まとめ

経営を守る資金繰り表の構築と活用法のまとめ

本記事では、経営を守る資金繰り表の構築と活用法を実務に即して解説しました。

  1. KPIを設定し、客観的な数値で経営の危険度を把握する。
  2. KPIをもとに警報が自動で鳴るように設定し、すぐに行動に移せるようにする。
  3. DXを活用して管理を自動化し、迅速な経営判断を実現する。

この流れを実践することで、資金繰り表は経営の生命線を守る強力な武器となります。まずは第一歩としてテンプレートを活用し、自社の資金状況の可視化から始めてみてください。

監修

税理士高橋龍二氏

税理士 高橋龍二

1957年、山形県尾花沢市生まれ。1982年、税理士試験合格。1987年、税理士登録。2022年、税理士法人伊藤・高橋事務所を開設し、代表社員税理士となる。日本税理士会連合会理事、東北税理士会副会長、東北税理士会山形県支部連合会会長(いずれも2023年7月退任)。多くのクライアントとともに、地方において豊かに暮らしていくことを目指している。

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